る。それを陰干《かげぼし》にしたのを細かく刻み、更に女の髪の毛を細かく切って、別に一種の薬をまぜて煉り合せる。そうして出来上がった薬を焼くと、うわばみはその匂いを慕って近寄るのであると言った。ただし他の一種の薬だけは、蛇吉も容易にその秘密を明かさなかった。もう一つ、かのうわばみと戦うときに振りまく粉薬というのも、やはりその物に何物かを調合するのであった。たといその秘密をくわしく知ったところで、他人にはしょせん出来そうもない仕事であるから、お年もその以上には深く立入って詮議もしなかった。
夫婦の仲もむつまじく、生活に困るのでもなく、一家はまことに円満に暮らしているのであるが、なぜかこの頃は蛇吉の元気がだんだんに衰えて来たようにも見られた。彼は時々にひとりで溜息をついていることもあった。お年もなんだか不安に思って、どこか悪いのではないかと訊いても、夫は別に何事もないと答えた。しかし、ある時こんな事を問わず語りに言い出した。
「おれもこんなことを長くはやっていられそうもないよ。」
お年は別に現在の職業を嫌ってもいなかったが、老人になったらばこんな商売も出来ないであろうとは察していた。今の
前へ
次へ
全256ページ中103ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング