ははははは。いや、あんまり笑ったので喉が渇いて来た。あははははは。
(李は頻りに笑いながら、竃《かまど》のそばへ行き、棚から大きい茶碗を把ってバケツの水を掬って飲む。やがて飲み終りて何ごころなく見かえり俄《にわか》におどろく。)
李中行 や、蝦蟆が出た……。おお、三本足だ……。確にこのあいだの青蛙神だ。はて、どこから来たのだろう。それとも矢っぱりおれの家に残《のこ》っていたのかな。そうだ、そうだ。いつまでもここの家を立去らないで、おれを守ってくれるに相違ないのだ。いや、有難いことだ。(土間にひざまずいて拝し、再び顔をあげる。)や、いつの間にか姿が見えなくなったぞ。なに、見えても見えなくても構わない。ここの家のどこかにいて呉れれば、それで好いのだ。はははははは。
(李は榻《とう》に腰をおろして、再び煙草を喫んでいる。砧の音。やがて下のかたより高田圭吉、仕事着のままにて走り出で、窓より内を覗く。)
高田 おお、お父さんは内にいるのか。もし、もし……。
李中行 (みかえる。)やあ、高田さんか。
高田 (高田は正面の扉をあけて、忙がわしく入り来る。)どうも大変なことが出来《しゅったい》しまして
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