ところで仕様もないので、まあ当分はやっぱりここで働くことにしたんです。なんの為に働くのか、自分でも判らないんですが……、(又もや嘆息して。)まあ、我慢して働けるだけは働く積りです。
李中行 おたがいに寂しいのは仕方がない、張合のないのも仕方がない。まあ、まあ、我慢して働くより外はありませんよ。
(柳はやつれたる姿にて、小さい蝋燭に灯をとぼして出づ。)
柳 高田さん、いらっしゃい。
高田 どうですか、気分は……。
柳 なに、どこが悪いと云うわけでもないんですが、なんだか力が抜けたようで……。
高田 御もっともです。それに葬式や何かの疲れもありますからね。まあ、なるたけ体を楽にして、休んでおいでなさい。
柳 じゃあ、御免なさい。(行きかけて耳を傾ける。)雨が又降り出したのか。ああ、さびしい晩だねえ。(力なげに寝室に入る。)
李中行 (小声で。)あの通りですからな。
高田 困りますね。阿母《おっか》さんも不断はなかなか元気が好かったんだが……。
李中行 二口目には亭主に食ってかかって、始末に負えない奴でしたが、あの一件からまるで気抜けがしたようになって仕舞って……。もう少ししっかりして呉れないと困ります。
高田 そうですねえ。(云いかけて、これも耳を傾ける。)さっきから話にまぎれて気が注《つ》かなかったが、阿母さんのいう通り、いつの間にか雨が降り出して来ましたね。
李中行 成程、又ふり出して来たようだ。此頃の秋のくせで仕方がない。
(雨の音。虫の声。それを聴くとも無しに耳を傾けて、二人はしばらく無言。下のかたより第一の男、三十余歳、笠をかぶりて出て、入口の扉を叩く。)
李中行 (みかえる。)中二かな。
(外にては又叩く。)
高田 (立って扉をあける。)中二君ですか。
第一の男 (入り来る。)今晩は……。
李中行 (立上りて、不審そうに。)お前さんはどこの人だな。
第一の男 わたしは旅の者で、奉天の方から大連の町へ来たのですが、……何分初めてのことですから、土地の方角はわからず、日は暮れる、雨は降る、まことに困っているのですが、今晩一晩だけ泊めて下さるわけには参りますまいか。
李中行 (冷《ひやや》かに。)いけない。お断りだ。
第一の男 寝床などは無くても構いません、この土間の隅にでも寝かして下されば宜しいのです。たった一晩だけですから……。
李中行 (声|暴《あら》く。)いや、なんと云ってもお断りだ。見識らない人間を泊めることは真平だ。早く出て行ってくれ。
第一の男 どうしてもいけませんか。
李中行 いけない、いけない。
高田 (やや気の毒そうに。)ここは一軒家じゃあない、ほかにも百姓家《ひゃくしょうや》は沢山あるのだから、ほかの家《うち》へ行って頼んで御覧なさい。
第一の男 はあ。(躊躇している。)
李中行 まあ出て行ってくれ。今もいう通り、旅の人間を泊めるのは真平御免だ。すぐに出て行ってくれ。ええ、おまえも強情な男だな。
(李は無理に男を表へ押出せば、男は井戸端へ出て跡をみかえり、やがて笠をかたむけて下のかたへ立去る。)
高田 なんだか変な男だ、ほんとうに奉天から来たのかな。
李中行 奉天から来ようが、遼陽から来ようが、旅の男なぞを泊めることは出来ない。あの青い蝦蟆を持っていた男も、丁度今夜のような雨のふる晩に、無理に泊めてくれと云って押込んで来たのだが、あの時にあの男を泊めて遣らなかったら……。ああ、わたしが悪かったのだ。
(李は悔むように嘆息する。寝室より柳出づ。)
柳 今、だれか来たようでしたね。
高田 知らない人が泊めてくれと云って来たんです。
柳 (李に。)おまえさん、断ったろうね。
李中行 勿論のことだ。今も云っている所だが、知りもしない旅の人間なぞを何《ど》うして迂闊《うかつ》に泊められるものか。無理に断って、逐い出してしまったのだ。
柳 なんでも逐い出してしまうに限るよ。又どんな魔ものが舞い込んで来るかも知れないからね。(云い捨てて、再び寝室に入る。)
高田 (見送る。)やっぱり落付いていられないんですね。
(李は困ったと云うような顔をして、無言にうなずく。高田も気の毒そうに黙っている。雨の音、下のかたより第二の男、やはり第一と同じくらいの年配にて、笠をかぶりて出で、入口の扉をたたく。二人は一旦見返ったが、李はわざと素知らぬ顔をしている。高田は立って扉をあける。)
高田 どなた……。
第二の男 (入り来る。)旅の者ですが、一晩泊めて頂きたいので……。
高田 え、お前さんも泊めてくれと云うのか。
李中行 (ぎょっとしたように、飛び上って呶鳴《どな》る。)いけない、いけない。お断りだ。
第二の男 初めてこっちへ来ましたので、土地の方角はわからず、日は暮れる、雨は降る……。
李中行 (いよいよ呶鳴る。)ええ、同じような
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