すでに知っているが、他の人々は何にも知らないので、早朝から続々年始に来る。今日と違って、年賀郵便などのない時代であるから、本人または代理の人が直接に回礼に来る。一々それに対して「実は……」と打ち明けなければならない。祝儀と悔みがごっちゃ[#「ごっちゃ」に傍点]になって、来た人も迷惑、こちらも難儀、その応対には実に困った。
 二日の午前十時、青山墓地で葬儀を営むことになった。途中葬列を廃さないのがその当時の習慣であるから、私たちは番町から青山まで徒歩で送って行く。新年早々であるから、碌々《ろくろく》に会葬者もあるまいと予期していたが、それでも近所の人々その他を合わせて五、六十人が送ってくれた。
 旧冬以来、幸いに日和つづきであったが、その日も快晴で、朝からそよ[#「そよ」に傍点]との風も吹かない。前にもいう通り、戦捷の新年である。しかもこの好天気であるから、市中の賑わいはまた格別で、表通りには年始まわりの人々が袖をつらねて往来する。家々の国旗、殊にこの春は新調したのが多いとみえて、旗の色がみな新しく鮮やかであるのも、新年の町を明るく華やかに彩《いろど》っていた。松飾りも例年よりは張り込ん
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