だのが多く、緑のアーチに「祝戦捷」などの文字も見えた。
交通の取締が厳重でないので、往来で紙鳶《たこ》をあげている子供、羽根をついている娘、これも例年よりは威勢よく見える。取りわけて例年より多いのは酔っ払いで、「唐の大将あやまらせ」などと呶鳴って通るのもある。
青々と晴れた大空の下に、この新年の絵巻が展《ひろ》げられている。その混雑の間を潜《くぐ》りぬけて、私たちは亡き人の柩を送って行くのである。世間の春にくらべて、私たちの春はあまりに寂しかった。私は始終うつむき勝ちで、麹町の大通りを横に切れ、弁慶橋を渡って赤坂へさしかかると、ここは花柳界に近いだけに、春着の芸者が往来している。酔っ払いもまた多い。見るもの、聞くもの、戦捷の新年風景ならざるはない。
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かゝる夜の月も見にけり野辺送り
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これは俳人去来が中秋名月の夜に、甥の柩を送った時の句である。私も叔父の野辺送りに、かかる新年の風景を見るかと思うと、なんだか足が進まないように思われた。
ここにまた一つの思い出がある。葬式を終って、会葬者は思い思いに退散する。私たちは少し後れて、新しい
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