季の不景気に引きかえて、こんなに景気のよい新年は未曾有《みぞう》であるといわれた。
その輝かしい初春を寂しく迎えた一家がある。それは私の叔父の家で、その当時、麹町《こうじまち》の一番町に住んでいたが、叔父は秋のはじめからの患《わずら》いで、歳末三十日の夜に世を去った。明くれば大晦日、わたしたちは柩《ひつぎ》を守って歳を送らなければならないことになったのである。こういう経験を持った人々は他に沢山あろう。しかもそれが戦捷の年であるだけに、私たちにはまた一《ひと》しおの寂しさが感ぜられた。
二、三日前に立てた門松も外してしまった。床の間に掛けてある松竹梅の掛物も取除けられた。特別に親しいところへは電報を打ったが、他へは一々通知する方法がない。大晦日に印刷所へ頼みに行っても、死亡通知の葉書などを引き受けてくれるところはない。電報を受け取って駆けつけて来た人々も大晦日では長居は出来ない、一通りの悔みを述べて早々に立去る。遺族と近親あわせて七、八人が柩の前にさびしい一夜をあかした。晴れてはいるが霜の白い夜で、お濠の雁や鴨も寒そうに鳴いていた。
さて困ったのは、一夜明けた元旦である。近所の人は
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