たくしは深くあなたを恨《うら》んでおります。こうして再びお目にかかったからは、あなたをこのまま帰すことはなりません」
女は男の手を握って、柩《ひつぎ》の前へゆくかと思うと、柩の蓋《ふた》はおのずと開いて、二人のすがたはたちまちに隠された。蓋はもとの通りにとじられて、喬生は柩のなかで死んでしまったのである。
となりの老翁は喬生の帰らないのを怪しんで、遠近《おちこち》をたずね廻った末に、もしやと思って湖心寺へ来てみると、見おぼえのある喬生の着物の裾《すそ》がかの柩の外に少しくあらわれているので、いよいよ驚いてその次第を寺僧に訴え、早速にかの柩をあけて検《あらた》めると、喬生は女の亡骸《なきがら》と折り重なっていて、女の顔はさながら生けるがごとくに見えた。僧は嘆息して言った。
「これは奉化州判の符という人の娘です。十七歳のときに死んだので、かりにその遺骸をこの寺にあずけたままで、一家は北の方へおもむきましたが、その後なんの消息《たより》もありません。それが十二年後の今日《こんにち》に至って、こんな不思議を見せようとは、まことに思いも寄らないことでした」
なにしろそのままにしてはおかれないというので、男と女の死骸を蔵《おさ》めたままで、その柩を寺の西門の外に埋《うず》めると、その後にまた一つの怪異を生じた。
陰《くも》った日や暗い夜に、かの喬生と麗卿とが手をひかれ、一人の小女が牡丹燈をかかげて先に立ってゆくのをしばしば見ることがあって、それに出逢ったものは重い病気にかかって、悪寒《さむけ》がする、熱が出るという始末。かれらの墓にむかって法事を営み、肉と酒とを供《そな》えて祭ればよし、さもなければ命を亡《うしな》うことにもなるので、土地の人びとは大いに懼《おそ》れ、争ってかの玄妙観へかけつけて、何とかそれを祓い鎮《しず》めてくれるように嘆願すると、魏法師は言った。
「わたしのまじないは未然《みぜん》に防ぐにとどまる。もうこうなっては、わたしの力の及ぶ限りでない。聞くところによると、四明山《しめいざん》の頂上に鉄冠道人《てっかんどうじん》という人があって、鬼神を鎮める法術を能《よ》くするというから、それをたずねて頼んでみるがよかろうと思う」
そこで、大勢《おおぜい》は誘いあわせて四明山へ登ることになった。藤かずらを攀《よ》じ、渓《たに》を越えて、ようやく絶頂までたどり
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