つくと、果たしてそこに一つの草庵があって、道人は机に倚《よ》り、童子《どうじ》は鶴にたわむれていた。
大勢は庵《いおり》の前に拝して、その願意を申し述べると、道人は頭《かしら》をふって、わたしは山林の隠士で、今をも知れない老人である。そんな怪異を鎮めるような奇術を知ろうはずがない。おまえがたは何かの聞き違えで、わたしを買いかぶっているのであろうと、堅くことわった。いや、聞き違えでない、玄妙観の魏法師の指図であると答えると、道人はさてはとうなずいた。
「わたしはもう六十年も山を下《くだ》ったことがないのに、あいつがとんだおしゃべりをしたので、また浮世へ引き出されるのか」
彼は童子を連れて下山《げさん》して来た。老人に似合わぬ足の軽さで、ただちに湖心寺の西門外にゆき着いて、そこに方丈《ほうじょう》の壇をむすび、何かの符を書いてそれを焼《や》くと、たちまちに符の使い五、六人、いずれも身の丈《た》け一丈余にして、黄巾《こうきん》をいただき、金甲《きんこう》を着け、彫《ほり》のある戈《ほこ》をたずさえ、壇の下に突っ立って師の命を待っていると、道人はおごそかに言い渡した。
「この頃ここらに妖邪の祟《たた》りがあるのを、おまえたちも知らぬはずはあるまい。早くここへ駆《か》り出して来い」
かれらはうけたまわって立ち去ったが、やがて喬生と麗卿と金蓮の三人に手枷《てかせ》首枷《くびかせ》をかけて引っ立てて来た。
かれらはさらに道人の指図にしたがって、鞭《むち》や笞《しもと》でさんざんに打ちつづけたので、三人は総身《そうみ》に血をながして苦しみ叫んだ。その苛責《かしゃく》が終わったのちに、道人は三人に筆と紙とをあたえて服罪の口供《こうきょう》を書かせ、更に大きい筆を執《と》ってみずからその判決を書いた。その文章はすこぶる長いものであるが、要するにかれら三人は世を惑わし、民を誣《し》い、条《じょう》(教えの個条)に違《たが》い、法を犯した罪によって、かの牡丹燈を焼き捨てて、かれらを九泉《きゅうせん》の獄屋へ送るというのであった。急急如律令、もう寸刻の容赦もない。この判決をうけた三人は、今さら嘆《なげ》き悲しみながら、進まぬ足を追い立てられて、泣く泣くも地獄へ送られて行った。それを見送って、道人はすぐに山へ帰った。
あくる日、大勢がその礼を述べるために再び登山すると、ただ草庵が残っ
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