の幽霊かね」
これは大胆な質問であったが、僕の心のうちには恐怖などをいだくような余地がないほどに、他の感情がいっぱいに満ちていたのであった。
「そうです。わたしはヒンクマン氏の幽霊です」と、相手は答えた。「しかし私にはその権利がないのです。そこで、わたしは常に不安をいだき、またあの人を恐れているのです。それはまったく前例のないような不思議な話で……。今から二年半以前に、ジョン・ヒンクマンという人は、大病に罹《か》かってこの部屋に寝ていたのですが、一時は気が遠くなって、もう本当に死んだのだろうと思われたのです。その報告があまり軽率《けいそつ》であったために、彼はすでに死んだものと認められて、わたしがその幽霊になることに決められたのです。さていよいよその幽霊となった時、あの老人は息を吹きかえして、それからだんだんに回復して、不思議に元のからだになったと分かったので、その時のわたしの驚きと怖れはどんなであったか。まあ、察してください。そうなると、私の立場は非常に入り組んだ困難なものになりました。ふたたび元の無形体に立ちかえる力もなく、さりとて生きている人の幽霊になり済ます権利もないというわ
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