まいよ」
こう言いながら、彼は足をのばして背中を椅子へ寄せかけた。その姿かたちは以前よりも濃くなって、着物の色もはっきりと浮かんできて、心配そうであった彼の容貌も救われたように満足の色をみせた。
「二年半……」と、僕は叫んだ。「君の言うことは分からないな」
「わたしがここへ来てから、たしかにそれほどの長さになるのです」と、幽霊は言った。「なにしろ私のは普通の場合と違うのですからな。それについて少しお断わりをする前に、もう一度おたずね申しておきたいのはヒンクマン氏のことですが、あの人は今夜たしかに帰りませんか」
「僕の言うことになんでも嘘はない」と、僕は答えた。「ヒンクマン氏はきょう、二百マイルも遠いブリストルへいったのだ」
「では、続けてお話をしましょう」と、幽霊は言った。「わたしは自分の話を聴いてくれる人を見つけたのが何より嬉しいのです。しかしヒンクマン氏がここへはいって来て、わたしを取っつかまえるということになると、わたしは驚いて途方《とほう》に暮れてしまうのです」
そんな話を聞かされて、僕はひどく面喰らってしまった。
「すべてが非常におかしな話だな。いったい、君はヒンクマン氏
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