間は帰宅しないはずである。それがために、僕は今夜マデライン嬢とあいたずさえて、月を見ながら廊下に久しく出ていることが出来たのであった。今ここにあらわれた人の姿は、いつもの着物を着ているヒンクマン氏に相違なかったが、ただその姿のなんとなく朦朧《もうろう》たるところがたしかに幽霊であることを思わせた。
善良なる老人は途中で殺されたのであろうか。そうして、彼の魂魄《こんぱく》がその事実を僕に告げんとして帰ったのであろうか。さらにまた、彼の愛する――の保護を僕に頼みに来たのであろうか。こう考えると、僕の胸はにわかにおどった。
その瞬間に、かの幽霊のようなものは話しかけた。
「あなたはヒンクマン氏が今夜帰るかどうだか、ご承知ですか」
彼は心配そうな様子である。この場合、うわべに落ち着きを見せなければならないと思いながら、僕は答えた。
「帰りますまい」
「やれ、ありがたい」と、彼は自分の立っていたところの椅子に倚《よ》りながら言った。「ここの家《うち》に二年半も住んでいるあいだ、あの人はひと晩も家《うち》をあけたことはなかったのです。これで私がどんなに助かるか、あなたにはとても想像がつきます
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