ョン・ヒンクマン氏を大いに恐れているがためであった。かの紳士は僕のよい友達ではあるが、彼にたいしておまえの姪《めい》をくれと言い出すのは、僕以上の大胆な男でなければ出来ないことであった。彼女は主としてこの家内いっさいのことを切り廻している上に、ヒンクマン氏がしばしば語るところによれば、氏は彼女を晩年の杖はしらとも頼んでいるのであった。この問題について、マデライン嬢が承諾をあたえる見込みがあるなら断然それを切り出すだけの勇気を生じたでもあろうが、前にもいう通りの次第で、僕は一度も彼女にそれを打ち明けたことはなく、ただそれについて、昼も夜も――ことに夜は絶えず思い明かしているだけのことであった。
ある夜、僕は自分の寝室にあてられた広びろしい一室の、大きいベッドの上に身を横たえながら、まだ眠りもやらずにいると、この室内の一部へ映《さ》し込んできた新しい月のぼんやりした光りによって、主人のヒンクマン氏がドアに近い大きい椅子に沿うて立っているのを見た。
僕は非常に驚いたのである。それには二つの理由がある。第一、主人はいまだかつて僕の部屋へ来たことはないのである。第二、彼はけさ外出して、幾日
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