れば、何もきこえるはずはありません。もちろん、話しかけたりする気遣いもありません」
それを聞いて、僕も安心したような顔をしたろうと思われた。幽霊はつづけて言った。
「それですからお困りになることはありません。しかし、私の見るところでは、あなたの遣り口はどうも巧《うま》くないようですね。私ならば、もう猶予《ゆうよ》なしに言い出してしまいますがね。こんないい機会は二度とありませんぜ。躊躇《ちゅうちょ》していてはいけませんよ。私の鑑定では、相手の婦人もよろこんであなたの言うことに耳を傾けますよ。婦人のほうでも、ふだんからそうあれかしと待ちかまえているのですからね。あるじのヒンクマン氏は今度ぎりで当分どこへも出かけそうもありませんぜ。たしかにこの夏は出かけませんよ。もちろん、私があなたの立場にあれば、ヒンクマン氏がどこにいようとも、最初からその人の姪にラヴしたりなんぞはしませんがね。マデライン嬢にそんなことを申し込んだ奴があると知れたら、あの人は大立腹で、それは、それは、大変なことになりましょうよ」
それは僕も同感であった。
「まったくそれを思うと、実にやり切れない。彼のことを考えると……
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