と思っているのです」
「移転……」と、僕は思わず大きい声を出した。「それはどういうわけだね」
「それはこうです」と、相手は言った。「わたしはこれから誰かの幽霊になりにゆくのです。そうして、ほんとうに死んでしまった人の幽霊になりたいのです」
「そんなことはわけはあるまい」と、わたしは言った。「そんな機会はしばしばあるだろうに……」
「どうして、どうして……」と、私の相手は口早に言った。「あなたはわれわれ仲間にも競合《せりあ》いのあることをご存じないのですな。どこかに一つ空《あ》きができて、私がそこへ出かけようとしても、その幽霊には俺がなるという申し込みがたくさんあって困るのです」
「そういうことになっているとは知らなかった」と、僕もそれに対して大いに興味を感じてきた。「そうすると、そこには規則正しい組織があるとか、あるいは先口から順じゅんにゆくというわけだね。まあ、早くいえば、理髪店へいった客が順じゅんに頭を刈ってもらうというような理屈で……」
「いや、どうして、それがそうはいかないので……。われわれの仲間には果てしもなく待たされている者があります。もしここにいい幽霊の株があるといえば、
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