うに流れている。風もわたしの耳のそばで、私たちの不義を大きく囃《はや》し立てていた。
平地の中央で、男の人たちが婦人の一マイル競走に応援している声が、なんとなく恐ろしい事件が待ち構えているように感じさせた。人力車は一台も見えなかった。――と思うとたんに、八ヵ月と二週間以前に見たものとまったく同一の黒と白の法被を着た四人の苦力と、黄いろい鏡板の人力車と、金髪の女の頭が現われた。その一瞬間、わたしはキッティも私と同じものを見たに相違ないと思った。――なぜならば、私たちは不思議にもすべてのことに共鳴していたからである。しかし、彼女の次の言葉で私はほっとした。
「誰もいないわね。さあ、ジャック。貯水場の建物のところまで二人で競走しましょう」
彼女の小賢《こざか》しいアラビヤ馬は飛鳥のごとくに駈け出したので、わたしの騎兵用軍馬もすぐに後からつづいた。そうして、この順序で私たちは馬を崖の上に駈け登らせた。すると、五十ヤードばかりの眼前に、例の人力車が現われた。はっと思って私は手綱を引いて、馬をすこしく後ずさりさせると、人力車は道の真ん中に立ちふさがった。しかも今度もまたキッティの馬はその人力車
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