いると、たちまちに長い鋭いひと声が家のなかでひびいた。それは女の喉《のど》から出たらしい。それと同時に、わたしは封建時代の金色《こんじき》の椅子や日本の骨董品に飾り立てられて、まばゆいばかりに照り輝いている大広間に立っていることを発見した。わたしのまわりには強い薫《かお》りが紫の靄《もや》となってただよっていた。
「さあ、さあ、花聟《はなむこ》さま。ちょうど、結婚の時刻でござります」
女の声がした時に、私は定めて盛装した若い清楚な貴婦人が紫の靄のなかから現われて来るものと思った。
「ようこそ、花聟さま」と、ふたたび金切り声がひびいたと思う刹那《せつな》、その声のぬしは腕を差し出しながら私のほうへ走って来た。寄る年波と狂気とで醜《みにく》くなった黄色い顔がじっと私に見入っているのである。私は怖ろしさのあまりに後ずさりをしようとしたが、蛇のように炯《けい》けいとした鋭い彼女の眼は、もうすっかり私を呪縛してしまったので、この怖ろしい老女から眼をそらすことも、身をひくことも出来なくなった。
彼女は一歩一歩と近づいて来る。その怖ろしい顔は仮面であって、その下にこそまぼろしの女の美しい顔がひそ
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