ちに紅《くれない》となって、ほとんど宝石も同様にきらきらと輝いて、この世の何物もあたえられないような独特の魅力を、その衣服や容貌にあたえるのであった。ジョヴァンニはびっくりして、窓のかげから差し出していた首を急に引っ込めて、慄《ふる》えながら独りごとを言った。
「おれは眼が覚めているのだろうか。意識を持っているのだろうか。いったい、あれはなんだろう。美しいと言っていいのか、それとも大変に怖ろしいというのか」
 ベアトリーチェはなんの気もつかないように、庭をさまよい歩きながらジョヴァンニの窓の下へ近づいて来たので、彼女に刺戟された痛烈の好奇心を満足させるためには、彼はそこから首を突き出さなければならなかった。あたかもそのときに庭の垣根を越えて、一匹の美しい虫が飛んで来た。おそらく市中を迷い暮らして、ラッパチーニの庭の灌木の強い香気に遠くから誘惑されるまでは、どこにも新鮮な花を見いだすことが出来なかったのであろう。
 この輝く虫は花には降りずに、ベアトリーチェに心を惹《ひ》かれてか、やはり空中をさまよって彼女の頭のまわりを飛びまわった。これはどうしてもジョヴァンニの見あやまりに相違なかった
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