のであるが、ともかくも彼はこう想像したのである。ベアトリーチェが子供らしい楽しみをもって虫をながめていると、その昆虫はだんだんに弱って来て、その足もとに落ちた。そうして、その光っている羽《はね》をふるわしているかと見るうちに、とうとう死んでしまった。それがどういうわけであるのか、彼には分からなかったが、おそらく彼女の息に触れたがためであろう。ベアトリーチェはふたたび十字を切って、虫の死骸の上にかがんで深い溜め息をついた。
ジョヴァンニはいよいよ驚いて、思わず身動きをすると、それに気がついて彼女は窓を見あげた。彼女は青年の美しい頭――イタリー式よりはむしろギリシャ型で、美しく整った容貌と、かがやく金髪の捲毛《まきげ》とを持っていた――その頭が中空にさまよっていた、かの虫のように彼女を一心に見詰めているのを知った。ジョヴァンニは今まで手に持っていた花束をほとんど無意識に投げおろした。
「お嬢さん」と、彼は言った。「ここに清い健全な花があります。どうぞジョヴァンニ・グァスコンティのために、その花をおつけ下さい」
「ありがとうございます」と、あたかも一種の音楽のあふれ出るような豊かな声をして
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