の壁の高さを超えないようにした。それで、彼はほとんど発見される危険もなしに庭を見おろすことができた。眼の下に人の影はなかったが、かの不思議な植物は日光にぬくまりながら、時どきにあたかも同情と親しみとを表わすかのように、静かにうなずき合っていた。庭園の中央のこわれた噴水のほとりには、それを覆《おお》うように群がる紫色の花をつけて、めざましい灌木が生えていた。花は空中に輝き、それが池水《プール》の底に映じて再びきらきらと照り返すと、池の水はその強い反射で、色のついた光りを帯びて溢れ出るようにも見えた。
 初めは前に言ったように、庭には人影がなかった。しかし間もなく――この場合、ジョヴァンニが半ば望み、半ば恐れたごとく――人の姿が古風の模様のある入り口の下にあらわれた。そうして、植物の列をなしている間を歩み来ながら、甘い香りを食べて生きていたという古い物語のなかの人物のように、植物のいろいろの香気を彼女は吸っていた。ふたたびベアトリーチェをみるに及んで、青年がいっそうおどろいたのは、彼女がその記憶よりも遙かに美しいことであった。彼女は太陽の光りのうちに輝き、また、ジョヴァンニがひそかに思って
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