す」
「ははあ」と、教授は笑いながら叫んだ。「それで初めて君の秘密がわかった。君はその娘のことを聞いたのだね。あの娘についてはパドゥアの若い者はみな大騒ぎをしているのだが、運よくその顔を見たという者は、まだほんの幾人《いくにん》もない。ベアトリーチェ嬢については、わたしはあまりよく知らない。ラッパチーニが自分の学問を彼女に十分に教え込んだということと、彼女は若くて美しいという噂だが、すでに教授の椅子に着くべき資格があるということと、ただそれだけを聞いている。おそらく彼女の父は、将来わたしの椅子を彼女のものにしようと決めているのだろう。ほかにまだつまらない噂は二、三あるが、言う価値もなく、聞く価値もないことだ。では、ジョヴァンニ君。赤葡萄酒の盃をほしたまえ」

       二

 ジョヴァンニは飲んだ酒《ワイン》にやや熱くなって、自分の下宿へもどった。酒のために、彼の頭はラッパチーニと美しいベアトリーチェについて、いろいろの空想をたくましゅうした。帰る途中で偶然に花屋のまえを通ったので、彼は新しい花束を一つ買って来た。
 彼は自分の部屋にのぼって、窓のそばに腰をおろしたが、自分の影が窓
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