は白地の飛白《かすり》の単衣《ひとえもの》を着て、麦わら帽子をかぶっていた。
 かれも僕も顔を見合せると、同時に挨拶した。
「やあ。」
 若い男は僕の町の薬屋のせがれで、福岡か熊本あたりで薬剤師の免状を取って来て、自分の店で調剤もしている。その名は市野弥吉といって、やはり僕と同年のはずだ。両親もまだ達者で、小僧をひとり使って、店は相当に繁昌しているらしい。僕の小学校友達で、子どもの時には一緒にこの川へ泳ぎに来たこともたびたびある。それでもお互いに年が長《た》けて、たまたまこうして顔をあわせると、両方の挨拶も自然に行儀正しくなるものだ。ことに市野は客商売であるだけに如才《じょさい》がない。かれは丁寧に声をかけた。
「釣りですか。」
「はあ。しかしどうも釣れませんよ。」と、僕は笑いながら答えた。
「そうでしょう。」と、彼も笑った。「近年はだんだんに釣れなくなりましたよ。しかし夜釣りをやったら、鰻が釣れましょう。どうかすると、非常に大きい鱸《すずき》が引っかかることもあるんですが……」
「すずきが相変らず釣れますか。退屈しのぎに来たのだからどうでもいいようなものの、やっぱり釣れないと面白くあ
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