いしい》の水莽草《すいもうそう》とは違って、この幽霊藻は毒草ではないということだ。しかしそれが毒草以上に恐れられているのは、その花が若い女の肌に触れると、その女はきっと祟《たた》られるという伝説があるからだ。したがって、男にとってはなんの関係もない、単に一種の水草に過ぎないのだが、それでも幽霊などという名が付いている以上、やはりいい心持はしないとみえて、僕たちがこの川で泳いだり釣ったりしている時に、この草の漂っているのを見つけると、それ幽霊が出たなぞと言って、人を嚇かしたり、自分が逃げたり、いろいろに騒ぎまわったものだ。
 今の僕は勿論そんな子供らしい料簡《りょうけん》にもなれなかったが、それでも幽霊藻――久しぶりで見た幽霊藻――それが暮れかかる水の上にぼんやりと浮かんでいるのを見つけた時に、それからそれへと少年当時の追憶が呼び起されて、僕はしばらく夢のようにその花をながめていると、耳のそばで不意にがさがさ[#「がさがさ」に傍点]いう音がきこえたので、僕も気がついて見かえると、僕のしゃがんでいる所から三|間《げん》とは離れない芒叢《すすきむら》をかきわけて、一人の若い男が顔を出した。彼
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