着いて、玉子屋新道にはいろうとすると、新道の北側の角には玉円寺という寺がある。
その寺の門前で犬の激しく吠える声がきこえた。
「黒め、なにを吠えていやがる。」と、仙助は提灯をさし付けた。
その途端に、秋山のうしろから又もや怪しい声がきこえた。
「旦那の御吟味は違っております。」
「なにが違っている。」と、秋山はすぐ訊きかえした。「貴様はだれだ。」
「伊兵衛でござります。」
「なに、伊兵衛……。貴様は一体どこにいるのだ。おれの前へ出て来い。」
それには何の答えもなかった。ただ聞えるものは雨の音と、寺の塀から往来へ掩いかかっている大きい桐の葉にざわめく風の音のみであった。犬は暗いなかでなお吠えつづけていた。
「仙助、お前は何か聞いたか。」
「いいえ。」と、仙助はやはり何にも知らないように答えた。
「それでも、おれの言う声はきこえたろう。」
「旦那さまの仰しゃったことはよく存じております。初めに誰だといって、それから又、伊兵衛と仰しゃりました。」
「むむ。」
言いかけて、秋山はなにか急に思い付いたことがあるらしく、それぎり黙って足早にあるき出して自分の屋敷の門をくぐった。家内の者をみ
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