な寝かせてしまって、秋山は庭にむかった四畳半の小座敷にはいって、小さい机の前に坐った。御用の書類などを調べる時には、いつもこの四畳半に閉じこもるのが例であった。
秋の夜はいよいよ更けて、雨の音はまだ止まない。秋山は御用箱の蓋《ふた》をあけて、ひと束の書類を取出した。彼は吟味与力の一人であるから、自分の係りの裁判が十数件も畳まっている。そのなかで、あしたの白洲《しらす》へ呼出して吟味する筈の事件が二つ三つあるが、秋山はその下調べをあと廻しにして、他の一件書類を机の上に置きならべた。それは本所柳島村の伊兵衛殺しの一件であった。
この月の三日の宵に、柳島の町と村との境を流れる小川のほとりで、村の百姓助蔵のせがれ伊兵衛という者が殺されていた。伊兵衛はことし二十二で、農家の子ではあるが瓦《かわら》焼きの職人となって、中の郷の瓦屋に毎日通っていると、それが何者にか鎌で斬り殺されて、路ばたに倒れていたのである。下手人《げしゅにん》はまだ確かには判らないが、村の百姓甚右衛門のせがれ甚吉というのが先ず第一の嫌疑《けんぎ》者として召捕られた。
甚吉が疑いを受けたのは、こういう事情に拠るのであった。同
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