真鬼偽鬼
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)与力《よりき》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)玉子屋|新道《じんみち》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)きゃっ[#「きゃっ」に傍点]と
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     一

 文政四年の江戸には雨が少なかった。記録によると、正月から七月までの半年間にわずかに一度しか降雨をみなかったという事である。七月のたなばたの夜に久しぶりで雨があった。つづいて翌八日の夜にも大雨があった。それを口切りに、だんだん雨が多くなった。
 こういう年は、いわゆる片降り片照りで、秋口になって雨が多いであろうという、老人たちの予言がまず当った方で、八月から九月にかけて、とかくに曇った日がつづいた。その九月の末である。京橋八丁堀の玉子屋|新道《じんみち》に住む南町奉行所の与力《よりき》秋山嘉平次が新川《しんかわ》の酒問屋の隠居をたずねた。
 隠居は自分の店の裏通りに小さい隠居所をかまえていて、秋山とは年来の碁がたきであった。秋山もきょうは非番であったので、ひる過ぎからその隠居所をたずねて、例の
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