。」と、藤次郎は答えた。「伊八とお園は長徳院の前から脇坂の下《しも》屋敷の前を通って柳島橋の方へ行く。川岸づたいの一本道ですから見はぐる気づかいはありません。あいつら一体どこへ行くのか、妙見《みょうけん》さまへ夜詣りでもあるめえと思いながら、まあどこまでも追って行くと……。それがどうも不思議で、いつの間にか二人の姿が消えてしまいました。」
「馬鹿野郎。狐にでも化かされたな。」と、秋山は叱った。
「そういわれると、一言もないのですが、まさかにわたくしが……。」
「貴様は酒に酔っていたので、狐にやられたのだ。江戸っ子が柳島まで行って、狐に化かされりゃあ世話はねえ。あきれ返った間抜け野郎だ。ざまあ見ろ。」
 秋山は腹立ちまぎれに、頭からこき下ろした。
 その権幕が激しいので、奥野も取りなす術《すべ》もなしに黙っていると、藤次郎はいよいよ恐縮しながら言った。
「まあ、旦那。お聴きください。今もいう通り、よくよく考えてみると、暗いなかで見えたのが不思議で、見えない方が本当なのですから、わたくしも今さら変な心持になりました。ひょっとすると、畜生めらにやられたのじゃあないかと、眉毛を濡らしながらそこ
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