にくい。それでもまあ我慢して、路の悪いところを飛びとびに……。」
「まったくあの辺は路が悪いな。」と、奥野は彼を取りなすように言った。
「御存じの通りですから、実に歩かれません。」と、藤次郎も言訳らしく言った。「おまけに真っ暗と来ているので、今の二人はどっちの方角へ行ったのか判らなくなってしまいました。それでもいい加減に見当をつけて、川岸づたいに歩いて行くと、あすこに長徳院という寺があります。その寺門前の川端をならんで行くのが、どうも伊八とお園のうしろ姿らしいのです。」
「暗やみで能くそれが判ったな。」と、秋山はなじるように訊いた。
「あとで考えると、それがまったく不思議です。そのときには男と女のうしろ姿が暗いなかにぼんやりと浮き出したように見えたのです。」
「ほんとうに見えたのか。」
「たしかに見えました。」
 藤次郎は小声に力をこめて答えたが、その額には不安らしい小皺《こじわ》が見えた。

     三

「それじゃあ仕方がねえ。その暗いなかで二人の人間の姿がみえたとして、それからどうした。」と、秋山は催促するように又訊いた。
「わたくしは占めたと思って、そのあとを付けて行きました
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