まで来たかと思うと、又ふらふらと引っ返して行きます。こいつおれの張込んでいるのを覚ったのかと、わたくしも直ぐに起《た》ち上がって表をのぞくと、近所の亀屋の店口からも一人の女が出て来ました。その女はお園らしいと見ていると、伊八とその女は黙って歩き出しました。」
言いかけて、彼は頭をかいた。
「旦那方の前ですが、ここでわたくしは飛んだドジを組《く》んでしまって、まことに面目次第もございません。それから私が直ぐに跡をつけて行けばよかったのですが、柳屋は今夜が初めてで、わたくしの顔を識らねえ家ですから、むやみに飛び出して食い逃げだと思われるのも癪にさわるから、急いで勘定を払って出ると、あいにく又、日和下駄《ひよりげた》の鼻緒が切れてしまいました。」
秋山は笑いもしないで聴いていると、藤次郎はいよいよ極りが悪そうに言った。
「さあ、困った。仕方がねえから柳屋へまた引っ返して、草履を貸してくれというと、むこうでは気を利かしたつもりで日和下駄を出してくれる。いや、雨あがりでも草履の方がいいという。そんな押問答に暇をつぶして、いよいよ草履を突っかけて出ると、これがまた鼻緒がゆるんでいて、馬鹿に歩き
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