墓は、新しい大きい石の柱に囲まれていた。色々の新しい建物が丘の中腹まで犇々《ひしひし》と押つめて来て、そのなかには遊芸稽古所などという看板も見えた。
 頼家公の墳墓の領域がだんだんと狭《せば》まってゆくのは、町がだんだんに繁昌してゆくしるしである。むらさきの古い色を懐しがる私は、町の運命になんの交渉も有たない、一個の旅人に過ぎない。十年前にくらべると、町は著るしく賑《にぎ》やかになった。多くの旅館は新築をしたのもある。建増しをしたのもある。温泉|倶楽部《クラブ》も出来た、劇場も出来た。こうして年ごとに発展してゆくこの町のまん中にさまよって、むかしの紫を偲んでいる一個の貧しい旅人のあることを、町の人たちは決して眼にも留めないであろう。わたしは冷《つめた》い墓と向い合ってしばらく黙って立っていた。
 それでも墓のまえには三束の線香が供えられて、その消えかかった灰が霜柱のあつい土の上に薄白くこぼれていた。日あたりが悪いので、黒い落葉がそこらに凍り着いていた。墓を拝して帰ろうとしてふと見かえると、入口の太い柱のそばに一つの箱が立っていた。箱の正面には「将軍源頼家おみくじ」と書いてあった。その傍
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