君に誘われて我と共に雑司《ぞうし》ヶ|谷《や》の鬼子母神《きしもじん》に詣でしことあり。その帰途、柳下孤村君の家を訪いしに、孤村君は英一のために庭に熟せる柿の実を取って遣《や》らんという。梢高ければ自ら登るは危しとて、店の小僧に命じて取らするに、小僧は猿のごとくにするすると梢まで攀《よ》じ登りて、孤村君が指図するままに、そこの枝かしこの枝を折りて樹の上よりばらばらと投げ落せば、英一よろこびて拾う。その時のありさま今もありありと眼に残れり。しかも主人の孤村君は今年八月の芙蓉咲く夕に先《ま》ず逝《ゆ》き、それより一月あまりにして英一もまたその跡を追う。今年の雑司ヶ谷の秋やいかにと思いやれば、重き頭もいよいよ枕に痛む。
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柿の実の紅きもさびし雑司ヶ谷
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二十九日、英一の三七日、家内の者ども墓参にゆくこと例のごとし。
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渡り鳥仰ぐに痛き瞳かな
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白木の位牌を取り納めて、英一の戒名を過去帳に写す。戒名は一乗英峰信士、俗名石丸英一、十八歳、大正九年十月九日寂。書き終りて縁に立てば、午後より陰りかかりし秋
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