英一の死のまた今更に悲しまる。
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地に墜ちて殻ばかりなり秋の蝉
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 二十四日、嫩会の人々打ちつれて青山へまいる。きょうも晴れたれど朝寒し。
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八人の額に秋の寒さかな
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 その帰途、人々と共に代々木の練兵場をゆきぬけて、浄水所の堤に出づ。ここらは英一が生前しばしば来りてスケッチなどしたる所なり。その踏み荒したる靴の跡はそこかここかと尋ぬるも甲斐《かい》なし。堤の秋草さびしく戦《そよ》ぎて、上水白く流れゆく。
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足あとを何処にたづねん草紅葉
逝くものを堰き止め兼ねつ秋の水
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 二十五日、所用ありて上野までゆく。落葉をふみて公園をめぐるに、美術学校の生徒らしきが画架など携えてゆくを見る。英一も健《すこや》かならば、来年はかくあるべきものをと、またしても眼瞼《まぶた》の重きをおぼゆ。
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払へども落葉の雨や袖の上
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 二十六日、今夜も眠られず。臥《ふ》しながら思うに、大正元年の秋、英一がまだ十歳なりける時、大西一外
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