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 この日、額田六福《ぬかだろっぷく》の郷里よりも霊前にとて松茸一籠を送り来る。
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初七日や松茸飯に豆腐汁
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 家内の者ども打連れて青山へ墓参にゆく。この夕、眠られず。
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こほろぎや人になかせて夜もすがら
憎い奴め叔父を案山子に残せしよ
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 十六日、午後より青山へ墓参にゆく。うららかに晴れたる日なり。英一の墓前には大村嘉代子が美しき草花を供えてあり。その花の香を慕いて、弱れる蝶一つたよたよと飛ぶ。
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なくは我なかぬおのれや秋の蝶
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 十八日、英一の机本箱を整理す。書きさしの下絵などを見出すにつけて、また新しき涙を誘わる。形見としてその二つ三つを取納め、余は引き裂きて庭に持ち出で、涙の種をことごとく烟とす。
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かき寄せて焚くや紅絵の散紅葉
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 十九日、庭の立木に蝉の止まりて動かぬを見る。試みに手を触るればからからと音して地に墜ちたり。かれは已《すで》に殻ばかりとなりけるよと思うにつけて、
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