悲しきが常なり。殊《こと》に姉の児とはいいながら、七歳の頃よりわが手許《てもと》にありたるものが、今やたちまちに消えてゆく。取残されたる叔父の悲《かなし》み、なかなかにいい尽すべくもあらず。小林蹴月《こばやししゅうげつ》君も訃音《ふいん》におどろかされて駈け付け、左の短尺《たんざく》を霊前に供えられる。
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今頃は三途の秋のスケッチか 蹴月
書きさしの墨絵の月やきり/″\す 同
露ほろり茶の花ほろり零れけり 同
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われも香の烟《けむり》に咽《むせ》びつつ、おなじく短尺の筆を取る。手はおののきて筆の運びも自在ならず。
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寂しさは絵にもかかれず暮の秋
あきらめは紋切形の露の世や
絵を見れば絵も薄墨や秋の花
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十二日、青山墓地にて埋葬のこと終る。この日は陰《くも》りて雨を催せり。
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青山や花に樒に露時雨
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十五日は初七日、原田春鈴君来りて、その庭に熟したりという枝柿を霊前に供えらる。
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まざ/\と柿食うてゐる姿かな
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