色好紙《いろよしがみ》とよばれて世に出づれば、高貴のお方の手にも觸るゝ。女子《をなご》とてもその通りぢや。たとひ賤しう育つても、色好紙の色よくば、關白大臣將軍家のおそばへも、召出されぬとは限るまいに、賤《しづ》の女《め》がなりはひの紙砧、いつまで擣ちおぼえたとて何とならうぞ。忌になつたと云うたが無理か。
かへで それはおまへが口癖に云ふことぢやが、人には人それ/″\の分があるもの。將軍家のお側近う召さるゝなどと、夢のやうな事をたのみにして、心ばかり高う打ちあがり、末はなんとならうやら、わたしは案じられてなりませぬ。
かつら お前とわたしとは心が違ふ。妹のおまへは今年十八で、春彦といふ男を持つた。それに引きかへて姉のわたしは、二十歳といふ今日の今まで、夫もさだめずに過したは、あたら一生を草の家に、住み果つまいと思へばこそぢや。職人|風情《ふぜい》の妻となつて、滿足して暮すおまへ等に、わたしの心はわかるまい喃。(空|嘯《うそぶ》く)
[#ここから5字下げ]
(楓の婿春彦、廿餘歳、奧より出づ。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
春彦 桂どの。職人風情と
前へ
次へ
全34ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング