向」、第3水準1−85−25]《とき》餘りも擣ちつゞけたので、肩も腕も痺るゝやうな。もうよいほどにして止めうでないか。
かへで とは云ふものゝ、きのふまでは盆休みであつたほどに、けふからは精出して働かうではござんせぬか。
かつら 働きたくばお前ひとりで働くがよい。父樣《とゝさま》にも春彦どのにも褒められようぞ。わたしは忌《いや》ぢや、忌になつた。(投げ出すやうに砧を捨つ)
かへで 貧の手業《てわざ》に姉妹が、年ごろ擣ちなれた紙砧を、兎かくに飽きた、忌になつたと、むかしに變るお前がこの頃の素振は、どうしたことでござるか喃《なう》。
かつら (あざ笑ふ)いや、昔とは變らぬ。ちつとも變らぬ。わたしは昔からこのやうな事を好きではなかつた。父さまが鎌倉においでなされたら、わたし等も斯《か》うはあるまいものを、名聞《みやうもん》を好まれぬ職人|氣質《かたぎ》とて、この伊豆の山家に隱れ栖《ずみ》、親につれて子供までも鄙《ひな》にそだち、詮事《せうこと》無しに今の身の上ぢや。さりとてこのまゝに朽ち果てようとは夢にも思はぬ。近いためしは今わたし等が擣つてゐる修禪寺紙、はじめは賤しい人の手につくられても、
前へ
次へ
全34ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング