伝った。そこで問題になったのは、三人が同時に火をくぐるか、それとも一人ずつ順々にはいるかということであった。
二
誰がまず第一に鐘ヶ淵の秘密を探るかということが面倒な問題である。三人が同時にくぐるのは拙《つたな》い。どうしても順々に潜り入るのでなければいけないと決まったのであるが、その順番をきめるのがすこぶるむずかしくなった。第一番に飛び込むものは戦場の先陣とおなじことで、危険が伴う代りに功名にもなる。したがって、この場合にも一種の先陣争いが起って来た。
組頭もこの処分には困ったが、そんな争いに時刻を移しては上《かみ》の御機嫌もいかがというので、結局めいめいの年の順で先後をきめることにして、三上治太郎は二十五歳であるから第一番、その次は二十二歳の大原右之助で、二十歳の福井文吾が最後に廻された。年の順とあれば議論の仕様もないので三人もおとなしく承知した。
いよいよ準備が出来たので、将軍吉宗は堤の上に床几を据えさせて見物する。お供の面々も固唾《かたず》をのんで水の上を睨んでいる。今と違ってその頃の堤は低く、川上遠く落ちてくる隅田川の流れはここに深い淵をなして、淀んだ水は青黒い渦をまいている。むかしから種々の伝説が伴っているだけに、なにさまこの深い淵の底には何かの秘密が潜んでいるらしく思われて、言い知れない悽愴の気が諸人の胸に冷たく沁み渡った。
きょうは川御成《かわおなり》であるから、どういうことで水にはいる場合がないとも限らないので、御徒士の者はみなそれだけの用意をしていた。択《えら》み出された三人は稽古着のような筒袖の肌着一枚になって、刀を背負って、額には白布の鉢巻をして、草の青い堤下に小膝をついて控えていると、近習頭の三右衛門が扇をあげる。それを合図に、第一番の三上治太郎は鮎を狙う鵜のようにさっと水に飛び込むと、淀んだ水はさらに大きい渦をまいて、吸い込むように彼を引入れてしまった。
人々は息をころして見つめていると、しばらくして三上は浮きあがって来た。かれは濡れた顔を拭きもしないで報告した。
「淵の底には何物も見あたりませぬ。」
「なにも無いか。」と、近習頭は念を押した。
「はあ。」
なにも無いとあっては、つづいて飛び込むのは無用のようでもあったが、すでに択まれている以上は、かの二人もその役目を果さなければならないので、第二番の大原が入れ代
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