しい上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]があらわれて、例の通りの質問を出すと、この城主は気の強い人で、ここは将軍家から拝領したのであるから、俺のものだと、きっぱり云い切った。すると、その女は怖い眼をしてじろりと睨んだままで、どこへかその姿を隠したかと思うと、城主のうしろに立っている桜の大木が突然に倒れて来た。城主は早くも身をかわしたので無事であったが、風もない晴天の日にこれほどの大木が俄かに根こぎになって倒れるというのは不思議である。つづいて何かの禍いがなければよいがと、家中一同ひそかに心配していると、その城主は間もなく国換えを命じられたということである。こんな話が昔からいろいろ伝えられているが、要するに口碑にとどまって、確かな記録も証拠もない。
 小坂部明神なるものが祀られてあるにも拘らず、かれは天主閣に棲んでいると伝えられている。由来、古い櫓や天主閣の頂上には年古る猫や鼬《いたち》その他の獣が棲んでいることがあるから、それらを混じて小坂部の怪談を作り出したのかも知れない。支那にも何か類似の伝説があるかと思って心がけているが、寡聞にして未だ見あたらない。日本
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング