がかの美人と歩いていたのを俺も見たという者が幾人も現れて来た。中には美人が笛を吹いていたなどという者もあって、この怪談はいよいよ詩的になって来たが、どこまで本当だか判らないので、役人はともかくその美人の正体を突き留めようと苦心していた。座頭《ざがしら》の李香がいなくなっては芝居を明けることは出来ない。無理に明けたところで観客の来る筈もない。座頭を突然にうしなったこの一座はほとんど離散の悲境に陥ってしまったが、何分にもこの一件が解決しない間は、むやみにここを立去ることも出来ないので、一座の者は代るがわるに呼出されて、役人の訊問を受けていた。実に飛んだ災難だが、どうも仕方がない。」
「一体、その李というのは幾つぐらいで、どんな男なのだね。」と、わたしは一種の探偵的興味に誘われてまた訊いた。
「年は三十四、五で、まだ独身であったそうだ。たとい田舎廻りにもしろ、ともかくも座頭を勤めているのだから、背もすらりとして男振りも悪くない。舞台以外にはどちらかいうと無口の方で、ただ黙って何か考えているという風だったと伝えられている。しかし相当に親切の気のある男で、座員の面倒も見てやる。現に自分の子ともつ
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