その蘇小小の霊が墓のなかから抜け出して、李をここへ誘ってきたというのだ。つまり、蘇小小が李香という俳優に惚れて、その魂が仮りに姿をあらわして、たくみに李を誘惑して、共に冥途へ連れて行ったというわけだ。剪燈新話《せんとうしんわ》や聊斎志異《りょうさいしい》がひろく読まれている国だから、こういう想像説も生れて来そうなことさ。相手がいよいよ幽霊ときまれば、どうにも仕様がない。船頭がいう通りに、果して凄いほどの美人であるとすれば、あるいは蘇小小の霊かも知れない。そこで李が美人の霊魂にみこまれて、その墓へ誘い込まれたとなれば、いかにも詩的であり、小説的であり、西湖佳話に新しい一節を加《くわ》うることになるのだが、さすがに役人たちはそれを詩的にばかり解釈することを好まないので、それぞれに手をわけて詮議をはじめると、李はその夜ばかりでなく、すでに二、三度もその怪しい美人と外出したらしいということが判った。彼は芝居が済んでから旅宿をぬけ出して、夜の更けるまで何処かをさまよい歩いて来る。今から考えれば、その道連れがかの美人であったらしいと、同宿の一座の者から申立てた。そうなると、かの船頭ばかりでなく、李
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