さげて下の風呂場へ降りて行くと、廊下で若い女に出逢った。それは駅のまん中でさっき見かけた女学生の一人であるので、かの一組もやはり同じ宿に泊まりあわせているのだということを僕は初めて知った。木曾の水は清いところであるから、いい心持で湯風呂にひたって、一日の汗を洗いながして上がって来ると、ひと間隔てた次の座敷でなにかどっと笑う声がまたきこえた。よく聞き澄ますと、それは宿の入口で山椒の魚を買っていたかの学生たちで、買って来たその動物をなにかの入れ物に飼おうとして立ち騒いでいるらしかった。僕は寝ころびながら、その笑い声をきいていた。
 そのうちにゆう飯の膳を運んで来たので、僕はうす暗いランプの下で箸をとった。飯を食ってしまって縁側へ出てみると、黒い山の影がひたいを圧するようにそそり立って、大きい星が空いっぱいに光っていた。どこやらで水の音がひびいて、その間に機織虫《はたおりむし》の声もきれぎれに聞こえた。
「山国の秋だ。」
 こう思いながら僕は蚊帳にはいった。昼の疲れでぐっすり寝入ったかと思うと、騒がしい物音におどろかされて醒めた。

 かの学生達はなんのために山椒の魚を買ったのかということが
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