山椒魚
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鍔《つば》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)『近古探偵十話』春陽堂、28[#「28」は縦中横]
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 K君は語る。

 早いもので、あの時からもう二十年になる。僕がまだ学生時代で、夏休みの時に木曾の方へ旅行したことがある。八月の初めで、第一日は諏訪に泊まって、あくる日は塩尻から歩き出した。中央線は無論に開通していない時分だから、つめ襟の夏服に脚絆、草鞋、鍔《つば》の広い麦藁帽をかぶって、肩に雑嚢をかけて、木の枝を折ったステッキを持って、むかしの木曾街道をぶらぶらとたどって行くと、暑さにあたったのかどうも気分がよくない。用意の宝丹などを取り出してふくんでみたが、そのくらいのことでは凌げそうもない。なんだか頭がふらふらして眩暈《めまい》がするように思われるので、ひどく勇気が沮喪《そそう》してしまって、まだ日が高いのに途中の小さい駅《しゅく》に泊まることにして、駅の入口の古い旅籠屋《はたごや》にころげ込んで、ここで草鞋をぬいでしまった。すると、ここに妙な事件が出来したのさ。
 
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