汽車がまだ開通しない時代で、往来の旅人はあまり多くないとみえて、ここらの駅は随分さびれていた。殊に僕が草鞋をぬいだこの駅というのは、むかしからの間《あい》の駅《しゅく》で、一体が繁昌しない土地であったらしい。僕の泊まった旅籠屋はかなりに大きい家造りではあったが、いかにも煤ぼけた薄暗い家で、木曾の気分を味わうには最も適当な宿だと思われた。それが僕にはかえって嬉しかったので、足を洗って奥へ通ると、十五六のひなびた小女が二階の六畳へ案内してくれた。すぐに枕を借りて一時間ほど横になっていると、いい塩梅に気分はすっかり快くなってしまった。
懐中時計を出してみると、まだ四時にならない。この日の長いのに余り早く泊まり過ぎたとも思ったが、今さら草鞋をはき直して次の駅まで踏み出すほどの勇気もないので、どの道ここで一夜をあかすことに決めて、明るいうちにそこらの様子を見てこようと思い立って、宿の浴衣を着たままで表へふらりと出て行った。別に見るところというのもないので、挽地物《ひきじもの》の店などをひやかして、駅のまん中を一巡して帰ろうとすると、女学生風の三人連れに出逢った。どの人も十九か二十歳《はたち》く
前へ
次へ
全19ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング