しました。
まったく夢のような心持で、森垣さんは奥座敷の床の間にうや/\しく飾ってある革の手箱のなかから彼の巻物をとり出して、それを先ずふところに押込み、ふだんから大切にしている法螺の貝をかゝえ込んで、自分の屋敷をぬけ出しました。夢のようだとは云っても、さすがに本性は狂いません。城下でむやみに吹きたてると大変だと思ったので、なるべく遠いところへ行って吹くつもりで、明るい月のひかりをたよりに、一里あゆみ、二里あゆみ、とう/\城下から三里半ほど距《はな》れたところまで行き着くと、そこはもう山路でした。路の勝手はかねて知っているので、森垣さんはその山路をのぼって、中腹の平なところへ出ると、そこには小さい古い社《やしろ》があります。うしろには大木がしげり合っていますが、東南は開けていて、今夜の月を遮るようなものはありません。城の櫓も、城下の町も、城下の川も、夜露のなかにきら/\と光ってみえます。それを遠くながめながら、森垣さんは社の縁に腰をおろしました。
「こゝなら些《ちっ》とぐらい吹いても、誰にも覚られることはあるまい。」
譜はもう暗記するほどに覚えているのですが、それでも念のためにその
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