でも弁慶や熊坂とちがって、権八や浦里ではどうも困る。それも小身者の安御家人かお城坊主のたぐいならば格別、なにしろ千五百石取りのお歴々のお旗本が粋な喉をころがして、「情《なさけ》は売れど心まで」などと遣っているのでは、理窟は兎もあれ、世間が承知しません。武士にあるまじきとか、身分柄をも憚からずとか云うような批難の声がだん/\に高くなってくるので、支配頭も聞きながしているわけにも行かなくなりました。勿論、親類縁者の一門からも意見や苦情が出てくるという始末。と云って、小坂丹下、家代々の千五百石の知行をなげ出しても、今更清元をやめることは出来ないので、結局病気と云い立てゝ無役の小普請組に這入ることになりました。
小普請に這入れば何をしてもいゝと云うわけでは勿論無いのですが、それでも小普請となると世間の見る目がずっと違って来ます。もう一歩すゝんで寧《いっ》そ隠居してしまえば、殆ど何をしても自由なのですが、家督相続の子供がまだ幼少であるので、もう少し成長するのを待って隠居するという下心《したごころ》であったらしく、先ずそれまでは小普請に這入って、やかましい世間の口を塞ぐ積りで、自分から進んで無役
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