外で、好きこそ物の上手なりけりと云うのか、それとも一種の天才というのか、素人芸や殿様芸を通り越して、三年五年のうちにめき/\と上達する。第一に喉が好い。三味線も達者にひく。ふだんは苦々しく思っている奥様や用人も、春雨のしんみりと降る日に、非番の殿様が爪びきで明鴉《あけがらす》か何かを語っていると、思わずうっとりと聴き惚れてしまうと云うようなわけですから、師匠もお世辞を抜きにしてほんとうに褒める。当人は一心不乱に稽古する。師匠も身を入れて教える。それが自然と同役のあいだにも伝わって、下屋敷などで何かの酒宴でも催すというような場合には、小坂をよんで一段語らせようではないかと云うことになる。当人もよろこんで出かけてゆく。それが続いているうちに、世間の評判がだん/\に悪くなりました。
 一方にこれほど浄瑠璃に凝りかたまっていながらも、小坂という人は別に勤め向きを怠るようなこともありませんでした。とんだ三段目の師直《もろなお》ですが、勤めるところは屹《きっ》と勤める武蔵守と云った風で、上《かみ》の御用はかゝさずに勤めていたのですが、どうも世間の評判がよろしくない。まえにも云う通り、おなじ歌いもの
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