なんですからね。いやもう意気地はありません。」
かれは持っている烟管《きせる》を握って、杖をつく形をしてみせた。勿論、そのころの東京にはまだ電車が開通していなかったのである。
「それでも三浦さんはまったく元気がいゝ。殊に口の方はむかしよりも達者になったらしい。」と、半七老人も笑いながらわたしを見かえった。「あなたは年寄りのむかし話を聴くのがお好きだが、おひまがあったら今度この三浦さんをたずねて御覧なさい。この人はなか/\面白い話を知っています。わたくしのお話はいつでも十手《じって》や捕縄《とりなわ》の世界にきまっていますけれども、こちらの方は領分がひろいから、色々の変った世界のお話を聴かせてくれますよ。」
「いや、面白いお話なんていうのはありませんけれど、時代おくれの昔話で宜しければ、せい/″\お古いところをお聴きに入れます。まことに辺鄙な場末ですけれども、お閑《ひま》のときには何うぞお遊びにおいでください。」と、三浦老人も打解けて云った。
今とちがって、その当時の大久保のあたりは山の手の奥で、躑躅《つゝじ》でも見物にゆくほかには余りに足の向かないところであったが、わたしはそんなこ
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