とに頓着しなかった。わたしは半七老人から江戸時代の探偵ものがたりを聴き出すのと同じような興味を以て、この三浦老人からも何かの面白い昔話を聴きたいと思った。新しい話を聴かせてくれる人は沢山ある、寧ろだん/\に殖えてゆくくらいであるが、古い話を聴かせてくれる人は暁方《あけがた》の星のようだん/\に消えてゆく。今のうちに少しでも余計に聴いて置かなければならないという一種の慾も手伝って、わたしはあらためて三浦老人訪問の約束をすると、老人は快く承知して、どうで隠居の身の上ですからいつでも遊びにいらっしゃいと云ってくれた。
その次の日曜日は陰《くも》っていた。底冷えのする日で、なんだか雪でも運び出して来そうな薄暗い空模様であったが、わたしは思い切って午後から麹町の家《うち》を出て、大久保百人町まで人車《くるま》に乗って行った。車輪のめり込むような霜どけ道を幾たびか曲りまわって、よう/\に杉の生垣のある家を探しあてると、三浦老人は自身に玄関まで出て来た。
「やあ、よく来ましたね。この寒いのに、お強いこってすね。さあ、さあ、どうぞおあがりください。」
南向きの広い庭を前にしている八畳の座敷に通され
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