その樽を入れてしまえば、もうその上に鎧を入れる余地はありません。鎧が大事か、醤油が大事かと云うことになっても、やはり醤油の方が大切であったとみえて、今宮さんはとう/\自分の鎧櫃を醤油樽のかくれ家ときめてしまいました。しかし鎧を持って行かないでは困るので、鎧の袖や草摺をばら/\に外して、籠手《こて》も脛当《すねあて》も別々にして、ほかの荷物のなかへ何うにか欺うにか押込んで、先ず表向きは何の不思議も無しに江戸を立つことになりました。
それは六月の末、新暦で申せば七月の土用のうちですから、夏の盛りで暑いことおびたゞしい。武家の道中は道草を食わないので、はじめの日は程ヶ谷泊り、次の日が小田原、その次の日が箱根八里、御用道中ですから勿論関所のしらべも手軽にすんで、その晩は三島に泊る。こゝまでは至極無事であったのですが、そのあくる日、江戸を出てから四日目に三島の宿《しゅく》を立って、伊賀越の浄瑠璃でおなじみの沼津の宿をさして行くことになりました。上下五人の荷物は両掛けにして、問屋場の人足三人がかついで行く。主人だけが駕籠に乗って、家来四人は徒歩《かち》で附いて行く。兎かく説明が多くなるようですが
前へ
次へ
全239ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング