りの武家|気質《かたぎ》の人物。たゞこの人の一つの道楽は食い道楽で、食い物の好みがひどくむずかしい。今度の大阪詰についても、本人はたゞそれだけを苦にしていたが、どうも仕様がない。大阪の食い物にはおい/\に馴れるとしても、当座が困るに相違ない。殊に大阪は醤油がよくないと聞いているから、せめては当座の使い料として醤油だけでも持って行きたいという註文で、銚子の亀甲万一樽を買わせたが、扨《さて》それを持って行くのに差支えました。
武家の道中に醤油樽をかつがせては行かれない。と云って、何分にも小さいものでないから、何かの荷物のなかに押込んで行くというわけにも行かない。その運送に困った挙句に、それを鎧櫃に入れて行くということになりました。道中の問屋場《といやば》にはそれ/″\に公定相場と云うようなものがあって、人足どもにかつがせる荷物もその目方によって運賃が違うのですが、武家の鎧櫃にかぎって、幾らそれが重くても所謂「重た増し」を取らないことになっていましたから、鎧櫃のなかへは色々のものを詰め込んで行く人がありました。今宮さんも多分それから思い付いたのでしょうが、醤油樽は随分思い切っています。殊に
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