います。わたくしはあとの方に引き退って、紫縮緬の羽織の襟から抜け出したような照之助の白い頸筋を横目にみながら、おとなしく琴をひいて居りましたが、なんだか手の先がふるえて、琴爪が糸に付きませんでした。奥様は照之助と差向いで、芝居のお話などをしていらっしゃいました。
唯それだけのことでございます。全くそれだけのことでございました。それが物の半時とは経ちません中に、大変なことが出来《しゅったい》いたしました。いつの間にどうして忍んで来たのか知りませんが、彼の稲瀬十兵衛が真先に立って、ほかの四人の侍や若党がこのお居間へつか[#「つか」に傍点]/\と踏み込んでまいりました。それはみんな御上屋敷の人達でございます。わたくしは眼が眩むほどに驚きまして、思わず畳に手をついてしまいますと、侍達は無言で照之助の両手を押さえました。もうどうする事も出来ません。わたくしは竊《そっ》と眼をあげてうかゞいますと、奥様は真蒼な顔をして、口脣《くちびる》をしっかり[#「しっかり」に傍点]結んで、たゞ黙って坐っておいでになりました。照之助の顔色はもう土のようになって、身動きも出来ないように竦んでいますのを、侍達はやは
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